プロフィール 番外編

奴隷時代 



とある紹介によって私大へ就職のための面接を受けることになりました.
生来の粗忽者,きっちり電車の時間を調べて,さらにかなりの余裕を持って出かけました,
電車に乗る時は決して準急や急行には乗らないように,
昼間は各駅しか停まらないですよと言われていました.

駅で待っていると,目的の駅に停まる各駅停車に接続とのアナウンス,
さらに時間的な余裕が出来ると思い,乗り込みました.
電車は空いていて座ることが出来,さてどんな質問をされるかと考えている間に,
乗換駅を通過してしまいましたが,気づいたのは目的駅を通過する時でした(典型的間抜け).

大慌てをしましたが,目の前をすぎる駅を眺めるしかありませんでした.
次の停車駅は7駅も先,為す術がありませんでした.
ようやく停まった駅で降り,ホームの駅員に料金の問題もあり,
乗り過ごしたことを話しましたら,
すぐに反対車線に電車が来るからお乗りなさいとなんとも親切,
慌てて隣のホームへ移り飛び乗りましたが,何と急行電車.

結局元乗った駅にかえされてしまいました.
とにかく現状を報告しなければと駅の公衆電話から連絡を入れました.
慌てずに来なさいと教授に笑われ,最初から大失敗でした.
こりゃ不採用かなと思いましたが,笑いとばしてくれました(感謝感謝).


ところで,表題の奴隷とは?

昔の大学は,謂わば欧州の中世的な伝統が色濃く残っていました.

教授は神様,助教授は小間使い,助手は奴隷,院生は虫けら.
とにかく予算は教授にしか付かないので,絶対的な権力者でした.

初出勤の時は何度も確認,無事時間通りでした.
実験室へ連れて行かれ,学生が徹夜実験をやっている実験装置の説明を受け,
3日程見ていなさい,と言って部屋に帰ってしまいました.

見ていなさい,で後の指示は一切無し,何処の何を見れば良いのか解りませんでした.
学生は若い先生が来たけど,なんだか頼りないので,これまで通りに実験を継続.
とにかく熱の実験は時間がかかるので,学生も設定を変えると,
自分の机に帰ってしまいますので,じっと硝子製の実験装置の中を見続けました.

単純なガラス円筒内の蒸気の液中流と思っていましたが,
結構複雑で,尚且つ,規則性があることが解りました.
どうだったと聞かれたので,観察して気づいたことを話すと,
このテーマで暫くやってみなさいと言われました(採用確定).

昔の教授は有無を言わせぬところがあり,逆らうことなど若手には出来ませんでした.
しかし,きちんと部下の面倒は見ていて,要所要所では指導をしてくれていました.
学会や必要な研修には経常予算外,自分の委任経理金(企業の奨学寄付金)を出してくれました.

最初の論文は,原稿を持っていくと,数日後,まっ赤な訂正だらけ,
訂正と言うより,私の書いた文は全くと言っても良い程残っていません,
これは正直参りました,打ちのめされ言葉も出ない状況でした.
しかし,よく読むとなるほどと納得せざるを得ないことで,さらに挫折感.

この1回で多少は論文の書き方が解り始めました.


講座制から研究室制に変わると,若手には表向きの自由が,
同時に,研究資金は大学交付金のみ,若手にはとても足りませんが,
ものになるかどうか解らない若手に寄付金をくれる企業もそうそうありません.
共同研究ならまだしも,無条件の資金(奨学寄付金)を出してはくれません.

資金不足で,あまり良くない資金(不法ではありません)にまで応募せざるを得なくなった人も結構いました.
共同研究では,制約に縛られ,せっかくの成果も公表できないなんて事もありました.

ここの公表は特許申請が終わるまでしばらく待ってください,
研究は論文の前に口頭発表を行うのが通例,そこで先鞭を付けて査読校閲が通りやすくしておきます.
誰も注目しないなら査読校閲も通過できません,言い換えれば,
良いテーマは皆,特に若手は飛びつき競合を引き起こしますので,
ある意味速度も要求されます.
特許申請が終わる時には誰かが論文を出してしまいます,
何のための研究資金かと長年の苦労を嘆きながら成果が消え去る時です,


思い返せば,昔の方がむしろ自由に伸び伸びと研究が出来ていたような気がします.
後輩には,若手の面倒はしっかり見てください,資金も与えてくださいとお願いしています.


ともあれ,私の若い時はまさに大学は徒弟制そのものと感じました.
時には師匠の理不尽な言葉に戸惑いましたが,全般ではまさに感謝しかありません.
不届き者の弟子は,決して足を向けて寝ません(舌は出すかも)とほざいてました.
従って,助手が奴隷とはまさに揶揄です.

不肖の弟子は師匠の叱咤激励のおかげで,
何とか一人前の科学者へと成ることができました(のつもり).









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